モテない限り、馬鹿はバレない

そう!モテるとはバカにバレることなのです!先に、謝っておきます。異論は認めるが聞く耳を持たない。。

赤羽の母に占ってもらう。

ドラマなんてめったに見ないんだけど、ハマってしまうと突き詰めたくなってしまう性分で、きちんと最終話まで見届けることが多い。過去に、上野樹里・瑛太主演の「ラストフレンズ」や、昨年の「あまちゃん」など、数は少ないけど、最後まで見届けたドラマはいまでも思い出せる。最近では、20世紀初頭のイギリス貴族とその使用人の愛憎を描いたメロドラマ「ダウントンアビー」と、漫画“ウヒョ!東京都北区赤羽”に感銘を受けた俳優・山田孝之の赤羽でのひと夏を記録したドキュメンタリードラマ「山田孝之東京都北区赤羽」を追っている。

 

ダウントンアビーの見所はまた別の機会に紹介するとして、『山田孝之東京都北区赤羽』はこれまでにないドラマで初回から衝撃を受けた。番組サイトのイントロダクションはこんな感じ。

 

2014年夏。俳優・山田孝之はとある映画撮影で「自身とその配役との区切りが付かなくなる」というスランプに陥ってしまう。そんな時彼は漫画『ウヒョッ!東京都北区赤羽』と出会い、これに感銘を受ける。そして山田は自身と付き合いのある映画監督・山下敦弘を呼び出し、「赤羽に行けば本当の自分に出会える気がする」。だから俺は赤羽へ行く。「赤羽での自分を撮影してほしい」と依頼。山下はライバルであり盟友でもあるドキュメンタリー監督・松江哲明もスタッフに加える。山下によれば本作は「山田孝之の崩壊と再生を描く映像作品」としている。

 

 初回、山田孝之が原作者・清野とおるさんに教会まで会いにいったときのこと。清野さんは、真夏なのに顔のほとんどを覆う白マスク姿に2匹のミニチュアホースを携えて、なんとも異様な姿で出迎えていた。「なんで馬がいるんですか?」と山田孝之が訊くと「山田さんにお会いできるからせっかくなんで」と返した。え?ちょっとまって?すでになにかおかしくないですか。ウェルカムドリンクは耳にしたことあるけど、ウェルカムホースなんて聞いたことないぞ。そして二人はそれぞれミニチュアホースを携えてそのまま画面から消えて行った。ぼくはこの赤羽で起きた初回何分かの出来事に完全にやられてしまって、それから毎週録画体制オンタイムで観ている。

 

第3話で、山田孝之は清野さんに連れられ“赤羽の母”のもとへ行く。清野さんは以前、赤羽の母に占ってもらった所、仕事がうまくいくようになったと語っている。“赤羽の母”と名付け慕っているのは清野さんの感謝の印であるし、だからこそ仕事に行き詰まってしまった山田孝之を連れてきたのかもしれない。その回を観てぼくは、翌日1月下旬に、赤羽へと向かった。もう無責任なことはできない年齢になってきたし、今後の人生になにが必要なのか迷っていたこともある。扉のチャイムを押して10秒ほどすると、アシスタントのおばさんが出てきた。どうやら先客がいたらしい。先客と一瞬目が合う。赤羽の母がいる占い館クリスタルは予約制をとっていない。その日に行き、混んでいれば指定された時間にまた訪ねるシステムだ。その日は、ドラマの翌日ということもあるのか、かなり混んでいて3時間待ちだった。ぼくはそんなに待てないとその日は諦めた。

 

そして昨日3月1日。知人のフリーライター(女性/既婚者)と訪ね、ようやく赤羽の母に占ってもらうことが出来た。12時過ぎに到着したが、やはり先客がいて、ドラマにも登場した喫茶店「友路有」で一服し30分後に再度訪ねた。席に着くなり、「あんたたち夫婦?」と訊かれた。「いえ、違います。知人です。」と応えると、「そうだよね、あんた(ぼく)頼りなさそうだも〜ん。」と返される。いきなり辛口だ。わくわくしてきた。まず、知人から占ってもらった。彼女も仕事について占ってもらった。詳細は割愛するが、隣で聞いていると、けっこう勉強になることが多い。赤羽の母の占い、基本は姓名判断と、生年月日で占う後天定位盤というスタイル。五行だとか六白金星だとか訊いたことがあると思う。40年の実績が裏打ちするかのように、相談者の表情や導かれた数字をみただけで、スラスラと話し始める。たまに厳しい言葉をぶつけてくるが、それも母の愛なのだ。開始から30分ほど経つと店の電話が鳴る。「いまから大丈夫ですか?」と女性客からだった。30分後に来なさいと赤羽の母は伝える。それならそろそろぼくの番かと思いつつ話を聞いていると一向に終わらない。隣にいた彼女もなんとか話を切り上げてぼくにパスをだそうとしているのがわかるほどに話が終わらない。もしかして、2人みてほしいってわかってもらえてないのか?時計の針はどんどん進む。ああ、どうしよう。また出直さなきゃ行けないのか。とかなんとか考えているうちに、赤羽の母がじゃあがんばんなさいと励まして相談は終わった。ぼくらふたりとも申し訳なさそうに話しかけた。「あの…ぼくも(この人も)みてほしいんですけど…」「…」「…ああ、そうなの。」「すみません、初めにお伝えすればよかったですね。いいですよ、電話の方が終わってからまた来ますので。」「…よし!待ってもらおう!電話の人に!」ええええ!?決断が早いし意外。赤羽の母は笑うととてもかわいらしかった。

 

気を取り直して、ぼくの占いを始める。同じように名前と生年月日を記入して、仕事について占ってもらった。これまた詳細は割愛するが、良好な結果が出た。そして驚いたことがいくつかあった。まずぼくは、自分が七赤金星であることは知っていたが、この星は、女性の星でとてもやさしい人が多い星だそう。あまり意見を持たないので敵を作りにくい。このあと最も驚くことを言われた。この星の男性は家族と縁が薄く20歳を越えたら家を出なきゃならない。そうでないと父親の運気がどんどん下がっていく。ぼくには、心当たりがあった。ぼくは2年前に初めて家を出たが、その数年前、父親が喉頭がんを患っていたからだ。そのひと言にぼくは一瞬の間に「早く独り立ちしていれば…」などとあれこれ考えてしまい、胸が苦しくなった。でも家を出ることで、互いの運気は良くなって行くから大丈夫と励ましをもらった。現に父親は見事にがんを克服したし、姪の誕生でさらに元気になった。そして「あーたは、火と水の性質を持つから感情の起伏が激しい、カッとなることがあるでしょ。気をつけなさい」と言われた。そうかな?あんまり怒った記憶が無いんだけどな。とかなんとか記憶をたどっているとけっこうカッとなっていた。自分のことではなく、家族が誰かに迷惑をかけられた時にカッとなっていた。でも火と水を併せ持つなんてなんだか、ナルトが九尾のチャクラを備えているみたいでカッコいいなと思ったりもした。これからは、ぼくのことを人柱力と思って接してほしい。

 

結婚についても話してくれた。ぼくは、変わった結婚をするらしい。ムコ、年上、すごく年下(10個下とか)、バツイチ(相手が)、バツイチ(自分が)。こういう要素があるらしい。もしかしたらぼくが大好きな小松菜々(12個下)との結婚が待っているのかもしれない。この仕事は向いてるんですか?との質問には、「あーたは、話すのが苦手でしょ。話すのが苦手って人はね、文章書くのがうまいのよ。だいじょうぶ、向いてるよ。恋人にも手紙とかメールにしなさい。」と応えてくれた。占いって本当に“当たるも八卦当たらぬも八卦”だし、“信じるか信じないかはあなた次第です。”だなと思う。でも気の持ちようで新たなきっかけにもなるし、悩み事を話すことでカウンセラーを受けるような役割も果たしていると思う。しかもぼくは、言われた通りそう感じていたし、そう信じようと思った。手紙もよくしたためるタイプだし。「あーた去年今年は運気が良いからがんばんなさい。ただし、来年は悪いよ。八方塞がり。」やばい、今年中になんとかしないと。

 


スチャダラパー "中庸平凡パンチ" (Official Music Video) - YouTube